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本堂再建250年記念法要

 

 

昨年12月15日に本堂再建250年記念法要をお勤めしました。記録によれば1600年(慶長元年)に本堂が焼失。以来、168年の間、本堂はなく、仮堂で法要や行事を行なっていました。そして1768年(明和5年)に本堂を再建されました。

 

 

法要は、先人のご苦労と遺徳を偲びつつ、「仏説阿弥陀経」のお勤め、読経中に焼香をいたしました。法話の講師は、初代勧学になられた聞号もんごう師ゆかりの大和高田市真宗興正派順照寺の藤井聞智住職でした。

 

藤井住職は、「先に生まれんものは 後を導き 後に生まれんものは 先を訪とぶらへ」(教行信証)と親鸞聖人が大切にされた七高僧のお一人道綽どうしゃく禅師のお言葉を引用され、250年間、数多くの先人が本堂で聴聞し、お念仏のみ教えに出遇われ、今私たちに連なっていることを話されました。

 

聞号師

本堂再建後の1771年(明和8年)に向渕中村家に生を受けられた聞号師にも触れていただきました。

 

聞号師は、浄土真宗の学問だけでなく華厳や天台など広く深く仏教を学ばれ、学問の最高位である勧学になられました。勧学として様々な講義をされましたが、当時西本願寺の中本山であった興正寺(京都・七条堀川)の本寂ほんじゃく上人に長年講義をされ信任を得ておられました。しかし、病にかかり1831年(天保2年)5月28日、61歳で往生されました。

 

本寂上人の日記には「恩重キコト余リアリ」、「浄土ニテノ再会ヲ思ウ」と、また夢で聞号に遇ったと記されていることも紹介されました。

 

浄土真宗のみ教えに生きられた聞号師の足跡を学ぶとともに、向渕出身の先人のお念仏の声がまさに染みわたっている本堂をこれからも護り伝えることを心に誓うご縁でした。

​引き続き歳末のつどいを開催。

本堂再建の歴史のスライドや歌謡ショーもあり、和やかなひとときを過ごしました。

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